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全英オープンのお話

このページのコンテンツ
• はじめに
• 大会の見所、優勝賞金など
• 歴史
• 持ち回り 開催コース
• 追記事項
• 商品リンク(用品、メーカー別)

はじめに


全英オープン 第一回大会は 1860年 即ち 150年以上前にまで遡るが 世界で最も歴史のある ゴルフ・トーナメントだ。その正式英語名は The Open Championship また 単に The Open と略されて呼ばれることもあるが イギリス以外では British Open と言われるのが一般的。例えば、アメリカで The Open と言った場合は 全米オープンと考えるのが普通だからだが 全米オープンより 35年も長い歴史を持つ 全英オープンを The Open と呼ぶのは(当事者の立場からは 殊更)当然なこと なのかも知れない。» 全英オープン・オフィシャルサイト

大会の見所、優勝賞金など


The Open全英オープンは 所謂 伝統的なスコットランドと イングランドのシーサイド・リンクス(海岸縁)のコースで行われる点で 他のメジャーとは 一線を画している訳だが 特に 強風の中でのプレー、ポットバンカー (深いバンカー) やフェスキュー (膝くらいまである細く長い草) などへの対応、そして、アンジュレーションの大きなフェアウェイやグーリーンでボールを転がしてピンに寄せる技などが要求される点など 他のメジャー・トーナメントとは 一味も 二味も違った ゲーム展開となるところが見所である。

Claret Jug全英の大会優勝者には クラレット・ジャグ (Claret Jug) と呼ばれる優勝トロフィーのレプリカが贈られ、オリジナルのトロフィーには 優勝者の名が刻印される。最初の名前は 1872年優勝の トム・モリス・ジュニアであり、当に ゴルフの歴史に その名を 永久に残すことになる。優勝賞金総額は 伝統的に 他のメジャー大会とほぼ同額であるが ポンド・ベースで 2016年大会は 650万ポンド (約 850万ドル) で 米国で行われた他のメジャー大会 (1000万ドル) を下回った。ただし、1860年~1871年は 優勝賞金はなく 名誉のチャレンジ・ベルトを優勝者が預かるという形式で行われ 3年連続して優勝すると そのベルトが 優勝者のものになった。因みに、トム・モリス・ジュニア (Tom Morris Jr.) は 1868年から 1872年の 4大会連続優勝という快挙を成し遂げた。

全英オープンの最多優勝経験者は ハリー・バードン (Harry Vardon) で 6回、次いで、ジェィムズ・ブレイド (James Braid)、ピーター・トムソン (Peter Thomson)、トム・ワトソン (Tom Watson) の 5回である。次いで、4回に ウィリー・パーク (Willie Park)、トム・モリス (Tom Morris Jr.)、ウォルター・へーガン (Walter Hagen)、ボビー・ロック (Bobby Locke)、さらに、有名な選手には 3回の優勝を果たしている トム・モリス (Tom Morris Sr.) や ボビー・ジョーンズ (Bobby Jones) などがいる。なお、バイロン・ネルソン (Byron Nelson) は 全英オープンに勝つことができずに グランドスラムを達成することができなかった。因みに、タイガー・ウッズは 2000年、2005年、2006年と 3回の優勝を果たしている。» メージャー優勝者の記録

歴史


第一回大会は 1860年に プレストウィック (Prestwick Golf Club) で行われたが 参加選手は 僅か 8名、12ホールのコースを 3ラウンド、36ホールのメダル・プレー(トータルのストローク数で競う形式)であったが それが 近代競技ゴルフの始まりであったとも言える。その第一回大会は 初日 (10/17/1860) で 優勝候補のトム・モリス (Tom Morris Sr.) に 3打差をつけた ウィリー・パーク (Willie Park) が リードを キープして 2打差の トータル 174 というスコアで優勝した。1871年大会は 戦争で中止されたが 1872年までの 12回の大会は 全て プレストウィックで開催され(近年、プレストウィックで 全英オープンは行われない)当時は ウィリー・パークと トム・モリス親子の 3人が 圧倒的な強さを見せた時代だった。

1873年の大会は 初めて セント・アンドリュース (St. Andrews) で開催されたが、プレストウィック以外のコースで大会が開催されるのは それが初めてのことであった。しかし、それ以降は プレストウィック、セント・アンドリュース、ミュセルバーグ (Musselburgh) の 3コースの持ち回りで行われるようになった。さらに、その後 1892年に ミュアフィールド (Muirfield)、1894年に ロイヤル・セント・ジョージ (Royal St. George's)、1897年に ロイヤル・リバプール (Royal Liverpool) などが それに加わるようになった。そして、1920年以降は The Royal and Ancient Golf Club (R&A) が大会の管理・運営を行うようになった。

ポスター

ジャック・ニクラウス紙幣その後 幾つかのコースが このローテーションに加わるようになる一方で プレストウィックや ミュセルバーグなどは このローテーションから外れ 現在では スコットランドと イングランドにある 以下の 9コースが持ち回りで 全英オープンをホストするようになった。1) ~ 5) は スコットランドのコースであるが セント・アンドリュースのオールド・コースは 特別で 0 と 5 の年 つまり 5年に 1度の頻度で(他のコースは 10年に 1度)大会をホストすることになっている。なお、2005年に ジャック・ニクラウスの引退試合が セント・アンドリュースで行われた時に スコットランド銀行が 5ポンドのニクラウスの記念紙幣を発行したのは 有名な話である。 » 詳細

持ち回り 開催コース


英国では 会員を男性に限定してきた コースが多かったが (セント・アンドリュースや ミュアフィールドなど) そうしたコースが 大会持ち回りのコースに 相応しくないという世論もあり 騒動になったこともあった。しかし、近年は どこも女性会員を受け入れるようになり 現在のローテーションは 以下の通り。

全英オープン 持ち回り 開催コース
1) セント・アンドリュース・オールド・コース (Old Course at St Andrews)
2) カーヌースティー (Carnoustie Golf Links)
3) ミュアフィールド (Muirfield)
4) ターンベリー (The Westin Turnberry Resort)
5) ロイヤル・トゥルーン (Royal Troon Golf Club)
6) ロイヤル・セント・ジョージ (Royal St. George's Golf Club)
7) ロイヤル・バークデール (Royal Birkdale Golf Club)
8) ロイヤル・ライサム・アンド・セント・アンズ (Royal Lytham & St Annes GC)
9) ロイヤル・リバプール (Royal Liverpool Golf Club, Hoylake) 単に ホイレイクとも呼ばれる

追記事項


前述のように セント・アンドリュースのオールド・コースは 特別なコースで 0 と 5 の年に大会をホストするが 最後に 大会が行われたのは 2015年 144回大会で Zack Johnson が優勝した。ここでの開催は これで 29回目。コースは 下のような パー 3 が 2 ホール、パー 5 が 2 ホールの 7297ヤード、パー 72 のコース設定で、ご存知の方も少なくないと思うが 9番のグリーンがクラブ・ハウスから最も離れた所にあり 2番から 8番ホールまで(そして 10番から 17番まで)がダブル・グリーンになっている。

セント・アンドリュース

1 2 3 4 5 6 7 8 9 Out
375 452 398 480 570 414 371 174 352 3586
4 4 4 4 5 4 4 3 4 36
10 11 12 13 14 15 16 17 18 In
386 174 348 465 614 455 418 495 356 3711
4 3 4 4 5 4 4 4 4 36
St. Andrews Old Course (2015 The Open)

少し古い話になるが 2009年に ターンベリー (Turnberry) で行われた全英オープンでは 当時 59歳(60歳に 2ヶ月)のトム・ワトソン (Tom Watson) が 2 アンダーで 72ホールを ホールアウトし 同スコアで 先にホールアウトし 最終的に 優勝した スチュアート・シンク (Stewart Cink) とのプレーオフになった。トム・ワトソンが 最終日に 1打リードして迎えた 最終 18番ホールで出してしまった痛恨のボギーは まさに そのセカンド・ショットで起きた神の悪戯とも言える ラブ・オブ・ザ・グリーン (rub of the green) の結果だったと言えよう。 » トム・ワトソンの記録




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