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全米女子オープンのお話
 
2010年の全米女子オープン (U.S. Women's Open Championship) は 名門中の名門とも言える オークモント C.C. (Oakmont Country Club) で 7/8 - 7/11 に開催される。日本からは 宮里藍、横峰さくら、諸見里しのぶ、上田桃子選手他、計 8名の選手が参戦する。製鉄の町として栄えた 米国ペンシルバニア州、ピッツバーグの郊外にある オークモントで 全米女子オープンが開催されるのは これが 2度目であるが、過去に 8度の全米オープン、3度の全米プロ選手権、5度の全米アマなどが行われており、メージャー大会開催回数 最多の 名門クラブである。 全米女子オープン 公式サイト (試合結果 他)

オークモント C.C. は 1903年創設と比較的 歴史のあるクラブだが、デザインは ヘンリー・フォーンズ (Henry Fownes) による リンクス・タイプのコースで、その難易度が USGA コース・レイティング 77.5 (Par 71) というアメリカ屈指の難コース。( オフィシャル・サイト) 全米女子オープンのコース設定は 6,613 ヤード (Par 71) だが、男子の全米オープンでは 9番ホールの短いパー 5 を パー 4 にし 7,230 ヤード、パー 70 でプレーすることになるから 当に 難攻不落のコースになる。   Oakmont C.C. Website

深いバンカーが多数あるが、特に、チャーチ・ピュー (Church Pews) と呼ばれるフェアウェー・バンカーが トレードマークのコースである。 ( 参考) また、近年、オリジナルの リンクス・タイプのコースに戻すために、賛否両論があったようだが、5,000本以上もの木を切ってしまったという逸話もある。なお、Golf Digest 誌の世界のベスト・ゴルフ・コースのランキングでも 5位にランクされており、アメリカ人のゴルファーが 最も プレーして見たいと思うコースの一つでもある。

近年の全米女子オープンは 韓国選手が 2008年、2009年と二年連続で 優勝している。2008年はインビー・パーク選手 (Inbee Park - 19歳) が、そして、2009年は ジ・ユン・ヒ選手 (Eun-Hee Ji - 23歳)が優勝したが、パーク選手にとっては米国ツアー初優勝が 全米女子オープンと言う ビッグ・タイトルになったのである。彼女は 1998年のセリ・朴 (当時 20歳) が全米女子オープンに優勝するのを見てゴルフを始めたそうだから、ゴルフ暦 10年足らずで、女子ゴルフ界で最も権威のある全米オープンに優勝した訳だが、これで朴選手の持つ最年少優勝記録も破ることになった。2005年には 同じ韓国のバーディー・キム選手 (Birdie Kim) が優勝しているが、韓国選手の全米女子オープン優勝は ジ・ユン・ヒ選手の優勝で 4人目だ。アメリカ選手は 2007年に クリスティー・カー (Christy Kerr) が優勝しているが 2010年には その巻き返しがなるだろうか。

女子ゴルフのメージャー大会は 1) クラフト・ナビスコ 選手権 (Kraft Nabisco Championship)、2) 全米女子プロ選手権 (LPGA Championship presented by Wegmans)、3) 全米女子オープン (U.S. Women's Open)、そして、4) リコー全英女子オープン (Richo Women's British Open) となっているが、トーナメントの歴史、名称 (スポンサー名が付いていない)、賞金総額 (325万ドル) と どれを取っても 全米女子オープンは 最も権威のあるもので、ある意味 (男子の場合は マスターズ、全英オープン、全米オープンの注目度は ほぼ同等だから) 男子の全米オープン以上に権威のある大会だとも言える。

歴史

それでも、全米女子オープンの歴史は 比較的浅い。1946年に第一回大会が開催されているが (於 Spokane Country Club)、競技は マッチプレーによるもので パティー・バーグ (Patty Berg) が予選を 72-73-145 というスコアで通過し、36ホールのマッチプレーで ベティー・ジェイムソン (Betty Jameson) を 5 and 4 で下して優勝した。

当初、全米女子オープンは Women's Professional Golfers Association (WPGA) という組織によって 第三回大会まで 開催されたが、その後 新しい組織である Ladies Professional Golf Association (LPGA) が結成され、その運営を行うようになった。そして、その四年後の 1953年には USGA の公式競技として、USGA に その運営が委ねられることになった。

全米オープンと全米女子アマチュアの第一回大会が行われた 1895年から数えて 58年後のことであったが、何と言っても、女子のプロゴルファーが生まれたのが 1938年で (当時の女子プロには Opal Hill、Helen Hicks などと言う選手が居た) 女子プロゴルファーは 数えるほどしか居なかった訳だから、男子の全米オープンなどとは かなり違った歴史的背景があったのである。それでも、全米女子オープンは 世界で最も歴史のある プロもアマチュアも参加できる 女子ゴルフのオープン選手権なのだ。

全米女子オープンの歴史に残る選手には 4回の最多優勝記録を持つ Betsy Rawls (1951, 1953, 1957, 1960) や Mickey Wright (1958, 1959, 1961, 1964) が居る。一方、近年の優勝者では アニカ・ソレンスタム (Annika Sorenstam) の 優勝 3回 (1995, 1996, 2006) が最多で、さらに、2回優勝の選手に カーリーウェブ (Karrie Webb)、ジュリー・インクスター (Juli Inkster)、メグ・マロン (Meg Mallon)、ジョアン・カーナー (JoAnne Gunderson Carner) などがいる。

また、1987年の大会では、ローラ・デービス (英)、ジョアン・カーナー (米)、岡本綾子 (日) の 18ホールのプレーオフとなり、その結果、ローラ・デービスが優勝したが、その大会を記憶されている人も少なくないだろう。