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全米プロゴルフ選手権のお話

このページのコンテンツ
• はじめに
• 最近の大会の結果
• 2017年 第 99 回 大会
• 全米プロゴルフ選手権の歴史
• 商品リンク(用品、メーカー別)

はじめに


PGA全米プロゴルフ選手権 (PGA Championship) は ゴルフの 四大大会 所謂 メジャー・トーナメントの一つで 毎年 8月に 全米プロゴルフ協会 (PGA OF AMERICA) の主催で行われる シーズン最後のメジャー・トーナメントである。

最近の大会の結果


2016 PGA毎年 8月に行われる大会であるが 2016年の第 98 回大会は 7/28 ~ 7/31 という 少し 変則的なタイミングで ニュージャージー州のバルタスロール (Baltusrol G.C.) で開催され ジミー・ウォーカー (Jimmy Walker) が 通算 -14 で -13 で 2位に入った ジェイソン・デイ (Jason Day) に競り勝った。松山選手は -9 で 4位タイに入っている。

2015 PGA一方、2015年の第 97 回大会は 8/13 ~ 8/16 の日程で ウィスコンシン州、コーラー (Kholer) の ウィスリング・ストレイツ (Whistling Straits) で行われ ジェイソン・デイ (Jason Day) が メジャー史上 最高の -20 という記録を打ち立て、二位に入った ジョーダン・スピース (Jordan Spieth) に 3打差をつけて優勝した。この大会では 岩田選手が 大会 2日目に 63 のコースレコード 且つ メジャーの 18ホール 最少スコア タイ記録という凄い記録を達成した。その他にも、この大会では ジョーダン・スピース (Jordan Spieth) が 年間のメジャーでの トータル・スコアを -54 にまで伸ばし タイガー・ウッズの 2000年の記録を書き換えた。

なお、2014年大会は ケンタッキー州、ルイヴィル (Louisville) の郊外にある ヴァルハラ・ゴルフクラブ (Valhalla G.C.) で行われ、ローリー・マキロイが フィル・ミケルソン (Phil Mickelson) に 1打差で競り勝ち、優勝。また、2013年大会は ニューヨーク州、ロチェスター (Rochester) 郊外のオークヒル・カントリークラブ (Oak Hill C.C.) で行われ ジェイソン・ダフナー (Jason Dufner) が ジム・ヒューリック (Jim Furyk) に 2打差とし 優勝した。

2017年 第 99 回 大会


2017 PGA2017年の第 99 回大会は 8/10 ~ 8/13 の日程で ノースカロライナ州、シャーロット (Charlotte) にある クウェイル ホロー (Quail Hollow Club) で行われる。このコースは 2003年から 毎年 Wells Fargo Championship をホストしてきたコースで そのコース (7575 yards / par-72) の様子は 大会の度に テレビ中継がなされてきたが 2017年の大会のために コース改造がなされ 本大会では 7600 yards / par-71 のコース設定で競技が行われる。日本からは 松山選手の他に 池田、小平、谷原選手の計 4名が参戦する。下の動画は 同クラブの紹介ビデオである。


クウェイル ホローは ジョージ・コブ (George Cobb) のデザインで 1961年にオープンしたコースだが 1969年 ~ 1979年 には PGA ツアーの Kemper Open をホストしており その後も 1983年 ~ 1989年 に PGA シニア・ツアーの PainWebber Invitational もホストしている。コースは 過去に 何度か改造されているが 主なものは 1986年の アーノルド・パーマー (Arnold Palmer) による変更、また、1997年と 2003年の トム・ファジオ (Tom Fazio) による改造がある。2017年の全米プロゴルフ選手権の後は 2021年のプレジデンツ・カップが ここで行われるスケジュールになっている。ところで、このコースの フィニッシング 3 ホールは グリーン・マイル (Green Mile) と呼ばれ ウォーター・ハザードが点在し 難易度が高い難関として 選手に 恐れられている。そこを 全米プロ 出場の各選手が どの様にプレーするかが 注目される。下の動画は その難しさを 解説したものだ。


全米プロゴルフ選手権の歴史


Wanamaker Trophy全米プロゴルフ選手権、第一回大会は 1916年に マンハッタンから車で北に 30分ほど行った所の ブロンクスビル (Bronxville, NY) にあるサイワノイ (Siwanoy) C. C. で行われ、イギリス人のジェイムズ・バーンズ (James M. Barnes) が優勝した。優勝トロフィーは その時に それと賞金を寄贈した ロッドマン・ワナメーカー (Rodman Wanamaker) の名前を取って ワナメーカー・トロフィーと呼ばれる。

1922年の全米プロ選手権で ジーン・サラゼン (Gene Sarazen) が優勝したが、米国生まれのアメリカ人が優勝するのは、それが 初めてのことであった。つまり、アメリカ人が優勝するまでに 5年を要した訳だが、多くのアメリカ人にとっては 屈辱的なことであったようだ。全米プロ選手権が始まった当時は、まだ、アメリカのゴルフの実力が イギリスのレベルに達していなかったということだろう。

当初 全米プロ選手権は マッチプレーの大会であったが、1958年の大会から 現在のストローク・プレー形式による大会に変更され(プレーオフは 3ホールのストローク・プレー)メジャー大会は全てストローク・プレー形式のトーナメントになった。

最多優勝記録には ウォルター・へーガン (Walter Hagen) と ジャック・ニクラウス (Jack Nicklaus) の 5回という記録がある。次いで 優勝回数の多い選手には タイガー・ウッズ (Tiger Woods) の 4回、ジーン・サラゼン (Gene Sarazen) と サム・スニード (Sam Snead) の それぞれ 3回など。また、比較的近年の記録では ニック・プライス (Nick Price) の 1992年 と 1994年、ビージェイ・シン (Vijay Singh) の 1998年 と 2004年、そして、ローリー・マキロイの 2012年 と 2014年の 2回の優勝がある。 » メジャー優勝者の記録

なお、全米プロ選手権のシンデレラ物語として 当時は無名だったジョン・デイリー (John Daly) が 補欠選手として参戦し 優勝した 1991年のクルックド・スティック (Crooked Stick) C. C. での大会を覚えているベテラン・ゴルファーは 少なくないだろう。この時、デイリーは 9番目の補欠選手だったが、試合前日の夜に ニック・プライス (Nick Price) が出場を辞退したため、チャンスが巡ってきたそうだ。あまりに直前だったので 6、7、8番目の補欠選手が出場できなかったのが 彼に幸いしたのである。デイリーは アーカンソーからインディアナまで 夜中 寝ずに車を飛ばして試合会場に到着し、練習ラウンドもなしの ブッツケ本番で 初日に 69 (8位) というスコアでラウンドし、その後も 67、69、71 というスコアを出し、トータル 276 で 2位に 3打差を付けて優勝した訳だ。そんなお話も 26年も前の出来事になってしまった。

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