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世界ランク一位のゴルフコース - Pine Valley Golf Club

素晴らしいコースでプレーをしてみたいと言う願望は誰にでもある。そして、そんな時に気になるのがコースのランキングだ。様々なランキングがあるが、最も良く知られており、また、権威のあるのが米ゴルフ雑誌 GOLF MAGAZINE と GOLF DIGEST MAGAZINE で、そこで 殆ど常に ナンバーワンにランクされるコースが アメリカ、ニュージャージー州(ペンシルバニア州のフィラデルフィアに近い所)にあるパイン・バレー・ゴルフ・クラブ (Pine Valley Golf Club) である。


パイン・バレーで プロのトーナメントが開催されることはなく そのコースを テレビ等で見ることは 殆どないが 1962年に Shell's Wonderful World of Golf で Gene Littler と Byron Nelsonが対戦したゲームが テレビ放映された。最近では 2011年 9月に行われたクランプ・カップ (Crump Cup) というアマチュア競技が行われた時に 一日だけ 一般市民も コース内に入ることが許された。(写真は 6/12/2011 撮影 を クリックして ご覧下さい。)

Hole
Reg.
Back
Par
1
399
421
4
2
355
368
4
3
181
198
3
4
438
499
4
5
219
238
3
6
375
394
4
7
573
636
5
8
314
326
4
9
422
458
4
Out
3,276
3,538
35
10
142
161
3
11
385
397
4
12
328
337
4
13
442
486
4
14
187
220
3
15
574
615
5
16
434
475
4
17
339
345
4
18
425
483
4
In
3,256
3,519
35
Total
6,532
7,057
70
Rating
72.7
75.2
-
Slope
153
155
-
コース・レイアウトは 右表のとおりであるが レギュラー・ティーのスロープ・レイティングが 153 と言うことからも分かるように アマチュア・ゴルファーには 距離に関係なく 極めて難易度の高いコースである。(» スロープ・レーティングとは)コースは フェアウェイと その回りの比較的狭いラフのエリア以外は バンカー、マーシュ、池、そして、林というレイアウトで 正確なティー・ショットが要求される。ミス・ショットのペナルティは 大きくなる可能性が高いことに加え ティーグラウンドから見るフェアウェイは 実際よりも狭く見えるので 極めて 威圧感がある。

また、グリーンのアンジュレーションも複雑で、グリーンに乗せても乗せ所が悪いとツー・パットでホールアウトすることは、困難になるホールが少なくない。うっかりすると一度ホールに近づいたと思ったボールが どんどんホールから離れていくようなことにもなり兼ねない。下りのパットが難しくなることは言うまでもないが 曲がりの大きなラインのパットやチップ・ショットの難易度も極めて高く、一度グリーンに乗ったボールが 下手をすると グリーンの外に出てしまうことも良く起こるようだ。

世界中から 選ばれたメンバーが 1300人 (Male-Only) 居ると言われているが(メンバー・リスト未公表)メンバー同伴以外でゲストがプレー出来ないことは 勿論のこと メンバーが招待できるゲストの数に限りがあることから 極めて プレーをすることが難しいコースの一つである。なお、女性には 基本的に 日曜日の午後のみ コースが開放されるだけで 女性ゴルファーにとって ここでプレーをすることは 当に 至難の業である。

パイン・バレー・ゴルフ・クラブは 1913年にフィラデルフィアのアマチュア・ゴルファーのグループによって創設された。コースのデザインは George Arthur Crump に委ねられ、クラブ創設と同時にそのコースの建造が始まった。しかし、コースは彼の設計思想、即ち、どのホールも他のホールと平行にレイアウトされるべきではなく、2ホール以上のホールが同じ方向にレイアウトされないこと、そして、どのホールのティーからも他のホールが見えないようにコースは造られるべきだと言う考え方に沿って建造された。当時は 建設機械の能力や建造費用などを考慮し、比較的コースを造りやすい土地を利用してコースの造成を行うのが一般的であったが、クランプ氏の設計思想に則ってコースを造るために 雑木林の湿地帯から当時では異例な 22,000本の木を切り倒す作業が要求されると言うプロジェクトになった。

コースは、非公式ながら、1914年に 11ホールまでが一応完成しオープンしたが、その後は様々な理由で 思うように工事が進まず、クランプ氏が亡くなった 1918年には、現在の 12-15番ホールが未完成で、18ホール全てが一応出来上がのが 1919年、完全に完成したのは 1921年とも 1922年とも言われている。つまり、私財を投げ打って このコースの設計と建造に力を注ぎ、クラブの創始者でもあり デザイナーでもある クランプ氏は そのコースの完成を見ることなく、この世を去った。クランプ氏が死去した後の設計取りまとめの作業では、日本の廣野ゴルフクラブや川奈ホテル・富士コースを設計したチャールズ・アリソン (Charles Huge Alison) が中心的な役割を果たした。クランプ氏が設計に携わったコースは これが最初で最後のこととなったが、まさに傑作が誕生した訳で、クラブハウスの中には その偉業を讃え、Crump氏の肖像画が多数飾られている。 » コース紹介

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